月は僕の味方
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過去日記の園

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2003年12月のころ



12月×日
東京楽日。
な〜んとか乗り切りました。
後半戦はほ〜んとしんどかった。
気持ちはあっても体がついていかないってこういうのを言うんでしょうか。
舞台の本番以外ほとんど喋らず楽屋にいるのも辛かった。
その上、皆に「今日は調子はどう?」と心配されるのも切ないばかりで。
毎夜、泣きそうでした。ほんとのところ。
熱にうなされ、鼻はがびがびで、声は出ない。その上体中ガチガチ。
こんなにしんどい公演もかつてなかったと思われる程。
しかし、身近に病気と闘ってる友人の頑張りとかを思い出し、祈るような思いで今回突っ走ったつもりです。
ちょっとおおげさな感じに聞こえるでしょうが、それくらいハードな東京公演でした。
なので、「元気もらった〜」「楽しかった〜」
などのお客さんの嬉しい感想を聞いて「ああやってて良かった」と心から思えました。
なんか凄い普通な事書いてますが(笑)
バラシは6時間もかかりました。重いセット達。
打ち上げましたが、僕はもうすでに無声役者となりはててました。

さてさて明日から地方に行きます。
大阪本番までには回復します!
今日は病院に行って注射してきました。
先生には叱られました。
もっと体を大切にしろと。

このHPも立ち上げて一年。よく続いたなあ。
写真のコーナーとかとっちらかっちゃってるページなどございますが、ごめんなさい、直す時間と余裕も今はないので。色んな御指摘ありがとうございました。
来年になったらもうちょっとちゃんとする所存です。

待ってろ近鉄小劇場!
最後の近鉄!



12月×日
大阪へ。
夜6時過ぎの新幹線。
回りはスーツ姿のサラリーマンだらけ。
「河童の三平」「うろこの顔」読む。不吉な気分に(笑)
夜9時過ぎ。心斎橋のネオン街を抜けてホテルへ。
案の定ホテルの部屋は乾燥している。
水を撒く。携帯用加湿機が欲しいところ。
テレビを付ければ大阪の匂いがぷんぷん。
しかし家にいるより色々と考える事に集中できそうだ。
そのまま外に出る元気もなく部屋で大人しく。
寝つけない。ホテル全体の暖房ききすぎ。



12月×日
近鉄小劇場仕込み1日目。朝9時から。
搬入にかなり時間かかる。やはり今回のセットは大変だ。
結局小屋に夜9時までいた。12時間労働。ひい。
夕方、ちょっと調子が悪くて客席の通路で寝てしまった。
それにしても最後の近鉄小劇場。感慨深い。



12月×日
仕込み2日目。
東京の喉病院から紹介状を書いて貰った梅田の喉医者へ。
大阪に来て迄病院通いとは情けない。
殆どが女医さん。
女の人に口の中を見られるってなんか恥ずかしい。
点滴を受けた方がいいと言われ、元気になるのならと素直に従う。
45分くらいか。眠気が襲う。ああこのまま寝ていたい。
遅れて劇場入りするも、今日はほとんどやる事なし。
男楽屋ではポーカーがはじまった。まさに旅公演という趣き。
夕方劇場を開放され、ホテルで2時間程仮眠。
ちょっとすっきり。
三宅の企画でかねてから予定に組み込まれてたおかまのショーパブへ。
男女含め皆興味本位ででぞろぞろと15人程(笑)
ここは結構有名なショーパブらしい。
僕は体調が良くないので初めはあまり乗り気ではなかったが、ショーを観たりしてるうちに元気になった。彼女らは毎日3ステだ。凄いエネルギー。みなさんお綺麗だった。
そしてそここの店のお二人がハルディンを観に来てくれるらしい。



12月×日
大阪初日。
場当たりはあっと言う間に終った。
東京であれだけやったのだもの早い早い。
上の近鉄劇場では「天使は瞳を閉じて」のミュージカルをやっていて。
静かなシーンで音が漏れて来る。これがちょっと気になる。
しかしナイロン大阪公演では珍しいくらいの盛況振り。立ち見まで。
大阪ではカーテンコールのダブルが定番となっているのか。毎回ダブルだった。
終演後、それぞれ鳥チーム、ぞうすいチーム、うどんチームなど、美味しいもの三昧に散っていったが僕は食べに行く元気もなくホテルへ直行。
疲れているのだが眠れなくて、ビールを一缶。なんとか眠る。



12月×日
大阪2日目。
最後のマチネソワレ。
今日も大入りだ。昨日よりも反応が良く、役者ものっている。
しかしつくずく長い芝居。
時同じくして大阪心斎橋クアトロではムーンライダースのライブ。
鈴木博文さんにエールメールを送る。
「身体大丈夫かな。天敵を討って、頑張ってくれ」との返事。
ん?僕が点滴を打った事なんで知っってんだ?
それにしてもいちいち詩人な博文氏。
終って合流出来なくて残念。ライブ観たかった。
元気だそうと今日は焼肉デー。
男ばかりで死ぬ程食べた。
胃がもたれた。



12月×日
大阪楽日。
なんだか昨日の焼肉のせいか。心無しか元気。
今日はケラも東京からかけつけ舞台で挨拶を。
さてさて来年から大阪では何処でやればいいのだろう?
ホント問題だ。
キャパ400人程度のいい小屋はないものか。
打ち上げ。
全体での打ち上げは今日が最後。
久々に酔った。
大阪終了!次は九州!



12月×日
一旦東京へ戻る。
年末に撮る映画の衣装合わせに行く。
そのあと鍼へ。
今日はお灸みたいのもやられた。熱かった〜。
しかし身体のガチガチ具合はなかなか直らないもので。
ああなんだか病院ばかりに行ってるなあ。



12月×日
東京喉医者。
回復してきたと誉められる。
病院で高橋由美子ちゃんとバッタリ。
レ・ミゼラブルの九州公演の稽古が明日からで、ちょっと風邪っぽいので来たという。
ほんとここは役者駆け込み寺だ。



12月×日
これからナレーションの仕事を一発して、夕方の新幹線で小倉に行ってきます。
長旅だあ。
小倉、滋賀の皆様まってておくんなさい。
僕はもう元気です。
ちゃお!



12月×日
品川駅で郵便局を探していた。
交番で聞くと道沿いに行ってすぐだという。
道沿いを歩く。結構歩く。不安になる。
どうにも判らなくて魚屋のおばさんに尋ねる。
おばさんは不愛想に指差した。目の前に郵便局。
間がわるい。こういう事はよくある。
新幹線。
品川から小倉までのぞみでも4時間40分。長い。
眠いのだがちょっとうとうとしては起きてしまう。
持って来た本やMDにも手を付けず。だらだら。うとうと。
285キロで走るのぞみ。
新大阪まで混んでいた車両もすいて来る。
岡山辺りで地鶏弁当。
やっと小倉到着。
2年ぶりの小倉。
駅の南口に降り立つとなんだか懐かしい気分に。
何故だと思ったら、駅前のつくりが僕の地元の立川北口にそっくりだったのだ。
絵に書いた様な地方都市。
ホテルにチェックインし街をうろつく。
何度も来ているので、駅周辺は頭に入っている。
おでん、ラーメン屋台のところへ行ったら、新人の佐藤と眼がラーメンを啜っていた。
僕もけものくさいラーメンを喰う。
役者、スッタフ陣は大阪からの2日間それぞれの行動をしてた訳で。
東京に戻ったチーム。大阪に連泊してUSJに遊びに行ったチーム。博多に出て温泉宿に泊まったチーム。などなど。
さて今日より小倉に5泊。草津に3泊。
暖冬とは言え今日は寒い。



12月×日
雨。
北九州芸術劇場。仕込み1日目。
2年前「ノーアート・ノーライフ」で来た時にはまだこの劇場はなかった。
小倉城の目の前。すんごいものが出来たものだ。
大ホール。中ホール。小ホール。巨大駐車場。ショッピングモール。シネコン。
なんでもござれだ。
僕らがやるのは中ホール。定員700人。
劇場に入って仕込んでいる時、どこかに似ていると思ったら倉敷のホールだ。
ここは搬入も便利。音響もいい。良い劇場だ。
夜は2年前に連れて行って貰った謎の店に行き。名物、ニコラシカ飲む。
酔っぱらう。
そのあとまたラーメン。これだからツアーは太る。



12月×日
仕込み2日目。
ほとんどやること無し。
楽屋で三宅が「ホームシックだ。東京に帰りたい〜」と嘆く。
一旦帰らなかったチームはどうやらそろそろ帰りたい病が出て来たようだ。
夕方4時過ぎに開放され。シネコンで「木更津キャッツアイ」観る。
夜は皆と待ち合わせて屋台のおはぎのあるおでん屋へ。
その後、駅前に見つけた24時間のアミューズメントクラブ(ゲーム、カラオケ、インターネット、漫画、卓球、ダーツ、ビリヤード、バッティング、ミニサッカー、ミニバスケ、スカッシュなどなどなんでもござれスペース)で狂ったように皆遊ぶ。
松永が風呂場で腰をやったと聞く。
心配だ。



12月×日
小倉初日。
2階席まで超満員。
今年の春に東京から福岡に引っ越して来てた黄木さん(元グリマンデル)からいきなり連絡があり、観にきてくれる事に。
九州のお客さんは反応が良かった。
黄木さん交え鍋に。懐かしい話に花が咲く。



12月×日
小倉楽日。
ケラも来てカーテンコールへ。
2日とも満員だった。凄い事だ。
バラシ。だんだん早くなってきた。
そして明日は朝5時半起きだ。
何故なら滋賀に移動して仕込みをしなければならないからだ。
寝なきゃと思うも、フセインニュースを見てしまいあまり眠れず。



12月×日
寝ついたとたん目覚ましで叩き起こされる。
外はまだ暗い。ロビーに集合。皆眠そう。
6時過ぎの新幹線で、一路京都へ。
そこで乗り換えて栗東だ。
さよなら小倉。
走りはじめてだんだん外が明るくなってきた。広島過ぎたあたりで朝陽が眩しく刺す。
新幹線からの朝陽なんてめったに見れないものなあ。
あくびが止まらないものの眠れない。
栗東到着。
そのまま仕込み。
さすがに午後は死んでた。
宿泊は草津。ホテルの中にある居酒屋でちゃんこ鍋。今日はほとほと疲れた。
うわこのホテル冷蔵庫が無い!!



12月×日
栗東仕込み2日目。
またもほとんどやること無し。
京都へ行こうと言い出す者、スーパー銭湯が近くにあるから行こうという者、またそれぞれの途へ。
僕は草津を独りうろうろ。またしても映画館発見。「マトリックス」観る。
観なくても良かったなあ。
そのあと廣川さんの誘いでスーパー銭湯へ。
釜風呂というミストサウナのようなのがあって凄い気持ち良かった。
スーパー銭湯組は廣川、村岡、杉山、藤田、小林高鹿、そして僕の6人の癒されたいチーム。
栗東にまた来る事があったらまた来てしまいそうなくらい素敵な銭湯。
その名も「極楽湯」。
ホテルに戻ると廻の部屋で皆が集まってるというので合流。
10人以上いたか。みんな仲良しだのお。
さあ明日で楽しかったツアーも終了だ。



12月×日
「ハルディンホテル」ツアー最終日。
ケラさんも来ての最後の場当たり。
本番。
何故だろう楽日というのは調子がよくないもので。
なんか色んな事を考えてしまうのだ。
集中力散漫になりがち。
しかし400人のスペースがほぼ一杯だ。
栗東の劇場の大入り記録更新だそうだ。
カーテンコール。
うるうるくるかと思ったが意外に冷静だった。
しかし2回目のカーテンコールで舞台に出たとたん、調光室のカーテンがあいて、そこに大きく書かれた文字「10周年おめでとう!全36ステージおつかれさま」。
お客さんには見えず、舞台側から見えるという憎い仕掛け。
スタッフにしてやられたり。
それを見たらちょっとうるっと来た。
健康、ナイロン含め最高のステージ数、最高の動員数を記録した「ハルディン・ホテル」が終った。
バラシ終ったのは夜の1時。
ホテルに戻るもなんだか高揚していて、地元スタッフさんに居酒屋へ連れてって貰う。
それにしても最後に泊まった草津のホテルはまさにハルディン・ホテルのようだった。
回転ドアはないもののロビーのつくりが似ていた。
ソファー、観葉植物、電話の位置。
喫茶コーナーにはなんかへんな置き物があったり。
チンさん似のホテルのおじさんがいたり。
冷蔵庫は無いし、朝はなんだか工事の音で起こされるし。
さすがにエレベーターは落ちなかったけど。
あるのだ色んなホテルが。
今回ツアーで様々なホテルに泊まって思うのは、「ハルディンホテル」ほどではないにしろ、微妙におかしなホテルは現実にあるのだなあと。
36ステ。
声が出なくてダメな日もあり、声が出てもダメな日もあり。
36回一度たりとも同じアズマはいなかったような気がする。
それにしてもナイロンほぼ全員でツアーを廻る公演もしばらくは無いであろう事も含めても感慨深い公演だった。
観に来てくれた地方のお客さまもありがとうございました!



12月×日
滋賀を後に。抜け殻達は一路東京へ。
帰ったとたん。
犬山に誘われ山梨 鐐平 さんのライブに行く事に。
キリスト品川教会グローリア・チャペル。
教会でライブだなんてカックイイ!
山梨さんは1979年から1981年まで2枚のアルバムを残して解散した「DO!」というフォーク&ポップスグループを組んでた人。
犬山はほんとにファンだったらしい。僕も大好きだった。
山梨さんの声は50才だというのに澄んでいて素敵だった。
余りに素敵でちょっとうとうとする。
「揚洲商人」なるラーメン屋へ。
犬山は黒酢ラーメン。僕はネギラーメン。
旨い!
ああやっと東京に帰ってきたのだなあ。



12月×日
ドラマの衣装合わせ。
その後、久々に本屋でゆっくり。パルコブックセンター。
「ファインディング・ニモ」観る。
ファイティング・ニモって間違える人が多いらしい。
タイラーメン。



12月×日
鳥肌実主演映画「タナカヒロシのすべて」撮影。
彼とは10年以上ぶりくらいで再会。
ライブハウスのイベントで共演した事がある。
待ちが結構あったので色々話すが、相変わらず凄いバイタリティ。
独り全国ツアーの話など。
加賀まりこさん、小島聖さんなどと共演。
僕は加賀さんの主治医役。もうそれだけで光栄な気分。加賀さんは、それはお綺麗だった。
思ったより早く終ったので家に帰って仮眠。

夜はテアトル新宿。「1980」のオールナイトイベントへ。極寒。
「1980」の上映→ケラとトーク30分→「1979」上映。
思ったよりお客さんが入っていてびっくり。
最近自分がオールナイトイベントなぞに行くのがおっくうになってるせいか。
この強風の中凄い事だ。
ケラとは映画撮影の話、1980年の頃の話などとりとめもなく話した。
トークがはじまったのが夜中の2時だ。頭がまわってなかった気がする。
「1979」は舞台のビデオを映画館で上映するという画期的試み。
しかし舞台の映像ものは観るのが辛い。観てられない。
「1979」の半分まで観て帰る。すでに4時。
「1979」が10年前。自分を観て若かったなあと思う。
ああ、色んな人がいたよなあなどと、色んな人の事を思い出してなんだか笑いが止まらなくなる。
思い出は可笑しすぎて?



12月×日
正月ラフォーレ原宿で開催されるイベント用のビデオ撮影。ザ・正月テレビ。
「男子はだまってなさいよ」の細川徹氏監修。
神楽坂に行く。
裸で喫茶店の店長をやる。
裸で神楽坂の街を歩く。
意外に人は驚かないもの。
ああ捕まらなくて良かった。
でもゲリラ撮影って燃える。
12組のアーティストによるコラボレーション展。
2004原宿COLLABO.APARTMENT 1/1〜15 ラフォーレミュージアムでやるそうです。
面白そうですよ。

夜は30日のソロライブ初リハーサル。
また怖い池袋通いがはじまる。
ライブ気分にシフトチェンジ。
久々バンドのメンバーに逢って嬉しくて話し込んでたら。
終電逃しタクシー。



12月×日
クリスマスイブ。
今年はあんまり街がうかれてない感じがするなあ。
リハーサル2日目。
ケラがゲストで唄うコーナーではロングバケーションのあんな曲やら、こんな曲をやる。
ちっちゃなロンバケ再結成気分だ。
来ようか迷ってるアナタ!
30日、逃す手はないですぜ!

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